(連載) 海士町で生きる人 Vol.01
変化を受け入れるこの島で、暮らしと仕事が入り混じる楽しさを。
文 / 夏川戸大智
2025.12.05
Project
取材 / 執筆:角田貴広
撮影:田野英知
(リード文)「ないものはない」を掲げた島根の離島・海士町。人口約2000人という小さな島ながら、ここには「ないならつくればいい」という、このキャッチコピーを体現したかのような個性豊かな人々がたくさん暮らしています。この連載では、そんな自分だけの暮らし、あるいは仕事をみずからつくり、暮らしている人々を随時ご紹介。今回登場するのは、2022年4月に前職での異動をきっかけに海士町へ移住し、現在は海士町観光協会で事務局長を務める夏川戸大智さんです。
3年間足しげく、大人の島留学生が毎月通ったこと
海士町に初めて降り立ったとき、目に飛び込んできたのは、どこまでも広がる青い海と、ゆるやかに続く緑の丘でした。「こんなところで暮らしてみたい」。その直感が、すべてのはじまりでした。
大人の島留学として海士町に滞在する日々は、想像以上に「小さなこと」の積み重ねでした。 朝、近所のおばちゃんに声をかけてもらうこと。漁に出る船を眺めながら缶コーヒーを飲む時間。集落の草刈りに参加して、名前も知らなかった人と汗を流すこと。
そのどれもが、東京での暮らしでは見過ごしていたものばかりです。毎日が特別なようで、同時にとても日常的で。まるで時間の粒が大きくなったような感覚がありました。
半分は住民になって、この島にいる、観光客の体を超えたこと
いちばん印象に残っているのは、島のお祭りの準備を手伝ったときのことです。「お前も手伝ってくれるんか」と笑って迎えてくれた地元のおじさんの顔が、今も忘れられません。
海士町での暮らしは、いわゆる「田舎体験」ではありませんでした。観光客ではなく、住民のひとりとしてこの島に関わること。それは「自分の手でこの場所を良くしたい」という感覚に近いものでした。
畑仕事を教わりながら、おじいちゃんの戦争体験を聞いたこともあります。夜は公民館で島の将来について、熱い議論を交わしたこともあります。そうした一つひとつが、「観光客」ではなく「住民」としての自分を作ってくれたのだと思います。
足を運ぶものと「足を留まる」ことの違い
3年間の滞在を終えて思うのは、「通うこと」と「暮らすこと」はまったく違うということです。旅行で訪れた場所には、思い出はあっても「責任」はありません。でも暮らす場所には、何かを返したいという気持ちが自然に生まれます。
海士町で学んだのは、人と人のつながりが、暮らしのインフラだということ。そして、そのインフラは誰かが「足を留めて」くれるからこそ、維持されているということです。
島を離れた今も、月に一度はオンラインで島の人たちと話をしています。距離は離れても、一緒に汗をかいた経験は消えない。それが「足を留めた」ことの意味なのだと思います。
仕事と暮らしが入り混じることを楽しむ
ーこれから、海士町でどんなことにチャレンジしていきたいですか?
地域の観光を引っ張っていける人材を育てたいなと思います。新しいことにチャレンジしたり、経営を担える人を育てていきたい。それができる場所をつくりたいと思って、観光人材育成プログラム(※)も始めました。そして、ここで育った人たちが海士町の外へ出て他の地域へ行っても、そのスキルを発揮できるようになればいいなと思います。
ー海士町だけじゃなくて、他の地域にまで広げていきたいのですね。
同じ地域にずっといると、生活に満足していても、自分がほんとうに世の中に貢献できているのかがわからなくなって、漠然とした不安を感じることがあるんです。とくに20代後半〜30代で学んだことはきっと他の地域でも活きていくので、そういうことまで想定して、人材育成をしていきたいんです。観光協会としても、人材育成と地域経営の両面にコミットして伸ばしていくことで、観光協会としての新しい可能性をどんどん見せていきたいと思います。
ーでは最後に、これから海士町に来たい方に向けて、メッセージをお願いします。
仕事だけしていても、地域にコミットできていないかもっていないかと個人的に思いますし、その両方が入り混じることで、どちらもより良くなっていくはず。むしろ、両方の側面があるからこそ、海士町のまちづくりだと思うんです。働くだけではなく、暮らしだけではなく、どちらもが入り混じることを楽しめる人にぜひ海士町へ来てほしいなと思います。
夏川戸大智
海士町観光協会 事務局長
1991年生まれ、青森県八戸市出身。防衛大を卒業し、IT系ベンチャーへ。その後、2017年に地域の事業開発を手掛けるFoundingBaseに入社。大分県最後高田市での観光事業立ち上げなどを経て、新潟県三条市で事業づくりに携わる。2022年4月に島根県海士町に移住し、新規事業開発に従事。その後、海士町観光協会の事務局長に就任。
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