変化を受け入れる土壌に衝撃を受けた
ーーはじめに、夏川戸さんが海士町へ来たきっかけについて、教えてください。
4年前に地域事業を手掛ける前職の異動で来たのが最初です。それまで5年ほどいくつかの地域に関わってきて、次の移住先の候補の一つとして海士町がありました。当時から海士町といえば「地方創生のトップランナー」というイメージがあって、これまで見てきた地域とはどう違うんだろうということにワクワクして、みずから海士町を選んだ記憶があります。
ーー海士町へ来てからは、どのような仕事をしてきたのでしょうか。
以前住んでいた新潟から軽トラに全荷物を乗っけて海士町へ来たのですが(笑)、到着した日に荷物も下ろさず、そのままEntôでのサウナのイベントに参加しました。それが最初の仕事です。僕としてはこれまでの経験のおかげもあって、現場をうまく回せた感覚があり、それを見た島のみなさんからはその場で信頼を得られたような気がします(笑)。その後、グランピング施設「TADAYOI」の立ち上げなどさまざまな事業を担当しつつ、海士町の事業マネジャー以外にも、いくつか別の地域のマネージャーを兼任していました。
ーー夏川戸さんはそれ以前もさまざまな地域に関わっていたということですが、海士町に来てみて、どのような印象を持たれましたか。
いくつかの地域に関わるなかで、町の一部に関わるだけでは町全体は変えられないということをずっと感じていました。しかも、ひとつのプロジェクトを進めるだけでも、たくさんの根回しが必要で、始めるまでに2〜3年かかることも当たり前。それなら、種を植えて育つまでに何年かかるんだろうとモヤモヤしていたんです。でも、海士町の人々と話すなかで、できない理由を探すんじゃなくて、どうすればできるかを誰もが当たり前に考えていて、そういう思想が浸透しているということに衝撃を受けました。変化を受け入れる土壌が根付いているならここに住みたいと思って、ひとつの場所に根を張ろうと決心して、前職を辞めたのが2024年のことでした。
夏の海に潜ったときの美しい景色を守るために

ーー現在働かれている海士町観光協会について、教えてください。
(2026年4月時点で)職員が13名、複業組合や島留学の人たちも含めると23名の組織です。観光協会というと一般的には窓口案内がメインですが、ここでは視察パッケージの事業や民宿の支援、経営サポート、「島食の寺子屋」という料理学校や「離島キッチン」などの経営、レンタカー・レンタサイクル事業、地域の体験価値を上げるツアーの立ち上げなど、とにかくたくさんのことをやっています。今では、地域における観光のインフラになりつつあると感じます。
ーー事業範囲がかなり多岐にわたるのですね。
やっていることは他の地域と比べるとかなり多い印象ですね。観光協会がこれだけの事業をやっている地域は他にはないと思います。僕が来る以前からたくさんの事業をやっていたようですが、その後もどんどん事業を拡大しています。僕自身もいろんな事業に関わっていますが、すべてを一人でやりきることには限界を感じていて。最近では熱量のある若いメンバーも増えてきたので、自分が学んできたスキルを活かしたり、仕組みをつくっていくことで、組織として新しいフェーズを目指すというか、観光協会のあり方自体を変えていけたらいいなと考えています。
ーー暮らしの観点で、海士町らしさを感じることはありましたか?
祭りや行事に地区単位で出るなど、地区というものが機能していることが驚きでした。町長に聞けば「街の経営の根幹は地区の経営だ」とおっしゃっていて、なるほどと思いました。2000人(※海士町全体の人口)と聞くと主体性を持てなくても、100名以下の地区であれば、誰もが主体性を持てるし、たくさんの行事があるので、年に一度は誰もが地区を背負って前に立てる機会があるというのが素晴らしいなと。
ーー日々の生活については、いかがでしょうか?
古民家で家族や猫と一緒に暮らしながら、休みの日にはパンをつくったり、近所からもらった野菜を使って漬物を漬けたり。庭ではサウナもできるし、みなさんが思い浮かべるような田舎暮らしを満喫しています(笑)。生活コストが下がった分、家電などにお金をかけられるので、どんどん生活のQOLが上がるんです。釣りも昔からやっていたんですけど、こんなに釣れる島ははじめてで。移住した当初、商店が早く閉まることを知らなくて、ダメもとで釣りに出たら想像以上に釣れて。白米だけ炊いて、魚を捌いて食べるという生活を1週間くらい続けました(笑)。特に僕が一番好きなのが、夏の海に潜ったときの美しい景色なんですよね。あの景色を守るために観光を続けているような気がします。
仕事と暮らしが入り混じることを楽しむ

ーーこれから、海士町でどんなことにチャレンジしていきたいですか?
地域の観光を引っ張っていける人材を育てたいなと思います。新しいことにチャレンジしたり、経営を担える人を育てていきたい。それができる場所をつくりたいと思って、観光人材育成プログラム(※)も始めました。そして、ここで育った人たちが海士町の外へ出て他の地域へ行っても、そのスキルを発揮できるようになればいいなと思います。
ーー海士町だけじゃなくて、他の地域にまで広げていきたいのですね。
同じ地域にずっといると、生活に満足していても、自分がほんとうに世の中に貢献できているのかがわからなくなって、漠然とした不安を感じることがあるんです。とくに20代後半〜30代で学んだことはきっと他の地域でも活きていくので、そういうことまで想定して、人材育成をしていきたいんです。観光協会としても、人材育成と地域経営の両面にコミットして伸ばしていくことで、観光協会としての新しい可能性をどんどん見せていきたいと思います。
ーーでは最後に、これから海士町に来たい方に向けて、メッセージをお願いします。
仕事だけしていても、地域にコミットできていなかったらもったいないなと個人的に思いますし、その両方が入り混じることで、どちらもより良くなっていくはず。むしろ、両方の側面があるからこそ、海士町のまちづくりだと思うんです。働くだけではなく、暮らしだけでもなく、そのどちらもが入り混じることを楽しめる人にぜひ海士町へ来てほしいなと思います。