――島ファクトリー代表に就任するまでの経緯
大学3年生で進路に悩み、単位を取る目的でインターンシップ先を探して偶然見つけたのが海士町でした。選考が進む途中で離島だと知って最初はイヤイヤ準備をしていたくらいでしたが(笑)、実際にCAS凍結センターや船渡来流亭など、いろんなところで働いているうちにどうしても海士町に住みたいと思うようになりました。親や大学とも何度も話し合いながら、大阪の大学に週1回通いつつ海士町で働くという暮らしを1年間続け、卒業と同時に観光協会に就職しました。そして、2年間勤めた後、海士町だけではなく、隠岐4島(島前・島後を含む諸島全体)に関わりたくて、関連会社である島ファクトリーに転籍をしました。Entô立ち上げの時期でもあり、島に来る客層もガラッと変わった印象がありました。
当時は青山さんが株式会社海士と島ファクトリーの代表を兼任していて、外部からは同じ会社だと思われることも多かったのですが、私としてはそれぞれがやっていることも、地域から求められているものも違っていて、一緒だと思われることに違和感があって。青山さんにその思いを伝え続けていたところ、「じゃあ、経営興味ある?」というふうに声をかけていただき、経営に携わるようになりました。
※藤尾さんのこれまでに関する詳細はこちら:https://note.com/shima_factory/n/n0cd0cd2cfa58
――なぜ、海士町だったのか

入社1年目が新型コロナの年だったために思ったように仕事ができなくて、その後も同世代が都会で働いているのを見て、悩むことがありました。でも、島の人たちはみんないきいきしていて、優しくて。私はもともと明るいタイプではなかったのですが、それを忘れさせてくれるくらい面白い人ばかりでした。
もうひとつ、海士町は移住者が多くて、地方創生の成功例と言われることが多いのですが、そこに対して疑問がありました。実際にはキャリアを積んだ方が移住するケースが多くて、私のようにやる気と元気はあってもスキルのない人は、なかなか来れないんじゃないかと感じていたんです。それなら、ただの大学生だった自分がこの場所に移住して認められたい。なにもなくても移住できるんだということを証明したい、という思いがありました。
――共同代表それぞれの役割
誰よりも思いだけはあると感じてはいたものの、実際に経営に携わるのはもっと先のことだと思っていました。経験と勉強のために東京に出向して半年が経ったころ、青山さんから「そろそろ、どう?」「一人じゃなくて(一緒に働いてきた)肥留川と一緒に」と言われて。自分だけだったらまだ早いと断っていたと思うのですが、肥留川さんがいるなら、と安心して受けた部分は正直ありました。
肥留川さんとは得意不得意も性格も正反対で、ぶつかることも多いのですが、安心して背中を預けさせてもらっている感覚があります。彼は戦略設計や未来を描く力のある方で、私はむしろ現実主義で、目の前のことと向き合うタイプ。今でも現場に入って仕事をすることもあります。
――島ファクトリーらしさとは?
働いている私たちだけが豊かな暮らしを送れるのではなくて、地域のみなさんも同じように豊かであれるための会社だと思います。だからこそ、自分たちだけが利益を得るようなあり方は目指していません。もちろん、株式会社として利益を出す必要はありますが、必要以上にお金を貯めて大きな会社にしていくわけではなくて、必要な人や設備に投資をして、地域に循環することを目指しています。
幅広い事業をやっているのも、なんでもやっているというわけではなくて、地域で必要とされていながらも誰もやってこなかったことを意識的にやってきたからです。地域のインフラになるものを支え続ける会社であり、これからも地域から必要とされる以上は既存の事業をやり続けるだろうし、新しい事業が増えていく可能性もあると思います。
――島ファクトリーが目指す場所

隠岐ってわかりづらいし、物理的にもハードルが高い場所にあるので、せっかく行こうと思っても離脱してしまうゲストが多くて、すごくもったいない。だからこそ、旅前から船の予約までノンストップでできるとか、コンシェルジュが親身になって相談に乗ってくれるとか、ハンデを強みに変えるということが島ファクトリーとしてやりたいことです。
もうひとつ、旅行業や旅行前の相談や手配などを担う“旅前”業務には言葉を選ばずに言うと地味な作業が多くて、収益化しづらい領域だと思われがちです。きちんと行程を組んで満足してもらうという仕事はじつはとても大変なことで、この旅前の業務の価値をあげたいとも思っています。旅前のプロとしての自覚がある人にしかできない仕事をしていきたいし、そういう意識を持ったプロの旅前チームを育てていきたい。もちろんリネンや宿の運営など、それぞれの分野で同じようにプロを育てていきます。
さらに、地域から求められるからやっているのではなくて、その一歩上を目指す。リネンの清掃において海や環境に配慮したり、宿を起点にエリア一帯を盛り上げたり。そんなことをみんなが考えられる会社でありたいと思います。
――DMO / 隠岐4島との連携の可能性
隠岐全体でいろんな事業者さんがいらっしゃるなかで、DMOの示す方向性に沿って、事業者さんが走っていくための旗振り役になりたいとも思います。単なる一事業者にとどまらず、地域基盤を支える存在に近い立ち位置を目指すというのも島ファクトリーのこれからのあり方かもしれません。
――どんな組織にしていきたいか

大都会で働くとか、大企業で働くのがすごいという風潮は少なからずあると思います。自分自身、海士町に来るまで何者でもないことに悩んできたわけですが、そのどちらでもないこの場所でも、劣らないくらいのスキルや熱量を持っている人が育っていく、そんな会社でありたいと思います。
――島ファクトリーが求める人物像
一緒に働いている人たちの顔を思い浮かべると、誠実さという言葉が浮かびます。それは地域から求められていることでもあるし、私自身のモットーでもあります。地域の事業者さんやゲストとの関係性の間に入るのが私たちの役割なので、その関係性はとても大切ですし、些細なコミュニケーションひとつで印象も変わってくる。手を抜こうと思えば抜ける部分だからこそ、関わる誰かのことを考えて手を抜かずに仕事をできるかどうか。それが一番大切なことかもしれません。
