※この記事は、株式会社海士が2025年に発行した書籍「自然・人間・営み – 隠岐の島・海士町の豊かさを巡る24のストーリー – 」から抜粋した内容をもとに編集しています。
6859枚:見送り用紙テープの売れた数

海士町では住んでいた人が島を離れるとき、数カ月の滞在であろうと、紙テープとともに送り出されることが多い。紙テープが売れた数は盛大に誰かを見送り「いってらっしゃい」と声を掛けた数であり、すなわち島で別れを惜しみ、再会を楽しみにする人の数ともいえるかもしれない。約2200人のこの島では、1年間で約7000回もの盛大な見送りがされているのだ。
※海士町で紙テープの販売を行う「島じゃ常識商店」での、2022年3月~2023年2月の紙テープ販売数
71.1%:おすそ分けをしたことのある人の割合
海士町にはたくさん採れたものや、自分よりその物が必要そうな人に、おすそ分けをする文化が根付いている。帰宅すると家のなかに野菜や魚が山積みになっている光景も珍しいものではない。(ちなみに、ほとんどの家では玄関の鍵をかけずに外出する。)近くの人から親切さを受け取り、誰かを思ってものを渡すという関係性がいくつもあるというのは、この島の豊かな人間関係を表しているようにも感じる。
※海士町「平成28年度『わがトコ・わがコト調査』調査報告書」より、この1年間でおすそ分けをしたことのある人の割合
約8割がUターン&Iターン:この島に住む人々の出身地と暮らし方

この島に住む約2200人のうち、約8割がIターンもしくはUターンと、島外での生活を経験している。2004年から2020年までに765人(546世帯)がIターン者として島民となったといい(住民の数からすればかなり多い方だろう)、進学や就職で島外へ出た人のうちUターン者となって島へ戻ってくる割合も高い。一度島を出て他の土地で移住者となった経験が、海士町への移住者の気持ちを理解し歓迎する風土へとつながっているのだろうか。
※海士町版RESAS、海士町「平成28年度『わがトコ・わがコト調査』調査報告書」より
4239句(首):島に寄せられた俳句・短歌・和歌の数

和歌の才能に優れ「歌聖」と称えられている後鳥羽上皇は、この島で和歌の創作に精力的に取り組んだと伝えらえる。後に影響を受けた現代の歌人・俳人もこの地へ訪れ、多くの短歌・俳句を詠んできた。2000年に始まった「隠岐後鳥羽院大賞」という大会には、毎年3000を超える和歌、俳句、短歌が寄せられており、2020年度には過去最高の4239句(首)が集まった。海士町の景観計画を策定する会議でも「詠を詠みたくなる景色を残そう」という意見が中心に据えられるほど、この島では感情を言葉で表現する文化が根付いている。
※後鳥羽院顕彰事業実行委員会より、2020年隠岐後鳥羽院大賞に投稿された俳句・短歌・和歌の作品数
1853本:海士町での地酒「承久の宴」の年間販売数(2022年度)

お祭りや伝統行事のあとの直会(なおらい)はもちろん、日常においても大小多くの宴が島でも開かれる。そんな宴の場で地元の酒造を応援しようという思いから、「乾杯は『承久の宴』で」というのがこの島のスタンダードになっている。この「承久の宴の販売数」は、誰かが集まり乾杯をした数であり、それだけの数・頻度で人が集まり、語り合い、仲を深める機会があったともいえるかもしれない。
※隠岐酒造より、海士町における「承久の宴」の2022年度年間販売数
68.5%:町内の伝統行事への参加率

海士町最大のお祭りキンニャモニャ祭り、大人たちがギラつき熱狂する綱引き大会や地区のお祭りなど、この島では大小様々な伝統行事が毎月のように行われている。同じ島に住む人たちが、同じ場所で古くからの伝統や文化に興じ、ポジティブな感情を共有する。またときには我を忘れて一緒に夢中になることが、この島の独特の豊かさを育んできた。
※海士町「平成28年度『わがトコ・わがコト調査』調査報告書」より、この5年間で伝統的な祭りや行事に参加したことのある人の割合