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半年・全14回、離島の研修で学んだ「人が集まる仕掛け」

離島の観光学 vol.01

中川ゆお

2026.08.31

Study

島根の離島・海士町。人口約2000人のこの島には、都会にはない"教材"があります。世界の第一線で活躍する講師から学べる研修、暮らしのなかに埋め込まれた知恵、人と人との距離の近さ——。この連載では、海士町で学び、働く人たちの視点から、「離島で学ぶ」ことの豊かさをお届けします。初回は、港にある「島じゃ常識商店」で働く中川ゆおさんが「風と土とワークショップ」を受けて学んだことについて、語っていただきました。

研修に参加したきっかけ

少し仕事に余裕が出てきたと同時に、なんとなくモヤモヤし始めていた時期でもありました。新卒で入って2年目のタイミングで、仲間が「もっと上を目指したい」と言って島を離れていく姿を見ていました。そういう気持ちになること自体は自然なことだと思いながら、でも「この環境をもっと面白くできないか」とも思っていました。

そんなタイミングで「長く海士町に住み続けたい人を対象に、観光マーケティングの研修をやる」という話が来ました。迷わず手を挙げました。

研修の全体像

研修は2025年9月のキックオフから3月まで全14回、月に2〜3回のペースで進んでいきます。軸になったのは隔月で全6回開かれた「風と土とワークショップ」で、そこに外部講師の方々による3つの専門講座が並走する構成です。多い月は、風土ワークショップと専門講座が同じ週に立て続けに入ることもあり、冬のあいだはずっと頭を動かし続けていた感覚があります。

内容は大きく4つに分かれていました。

  • 風と土とによるワークショップ(全6回)
    講師は、海士町を拠点に次世代リーダー育成や離島発の出版社運営を手がける「風と土と」。海士町らしさとは何かを問い続ける時間で、島内の好きな場所を言葉にしたり、島外へフィールドワークに出て学びを持ち帰ったり。後述するヨーロッパ行きも、この一環でした。
  • カナダ観光局・半藤将代さんによる観光学(全3回)
    講師はカナダ観光局の日本地区代表で、フォーゴ島など世界の先端観光事例に精通する方。AIの時代だからこそ、加工されていない「本物」や人の温かみのあるストーリーが価値を持つこと、誰かに語りたくなる共感の「生態系」を地域でつくる大切さを教わりました。
  • 集治隆太郎さんによるプロジェクトマネジメント講座(全3回)
    アシックスでグローバルマーケティングに携わり、いまは企業の上場準備を支える方が講師。プロジェクトを道筋立てて進める方法を学びました。課題の本質や「成功定義」を明確にすること、収支計画や「入りは早く、払いは遅く」というキャッシュフローの視点まで身につきました。
  • デルタスタジオによるデザイン・ロジカルシンキング講座(全2回)
    『世界一やさしい問題解決の授業』で知られる研修会社が講師。複雑な課題を整理する思考を鍛えました。「もれなく考える」「主張と根拠を持つ」「事実に基づいて考える」の3箇条は、思考のブレをなくす土台になっています。
研修の全体像

パリとロンドンで気づいたこと

風と土とワークショップには、島の外に出てフィールドワークをする機会があります。ちょうど新婚旅行でヨーロッパへ行くことが決まっていたので、その旅にフィールドワークを兼ねることにしました。

訪れたのはパリとロンドン。パリでは、現地に住む友人夫婦に案内してもらいました。観光パンフレットには載っていないようなローカルな公園や、地元の人がおすすめするレストランだけを巡る旅。そのとき思ったのは、「これって、ホテルよりも”暮らす”に近い経験ができるから、Airbnbで十分なんじゃないか」ということでした。有名な観光地よりも、実際に住んでいる人の目線で見た街のほうが、ずっと記憶に残る。そう気がついたんです。

ロンドンでは、歴史あるパブに入りました。席が空いていないから、見知らぬ人と相席するしかない。最初はみんなバラバラに話していたのに、いつの間にか会話が生まれていました。子どもも、家族も、常連さんも、同じ場所にいて、自然と混ざりあっていく空間でした。

画像:本人提供

日本ではモバイルオーダーが主流になってきましたが、パブではお酒をおかわりするたびに、自分でカウンターまで行かなければいけません。席を立つついでに周りの人と言葉を交わしたり、バーテンダーさんと話し込んだり。その流れで、初対面の人とのコミュニケーションが自然と生まれていく。

そのとき、気がついたんです。わざとアナログなやり方を残すことで、ただお酒を飲むだけのパブじゃなくて、思いがけない出会いやその場でしか生まれない会話がある場所になっているんだ、と。

不便さが、人と人とをつなげているんですよね。

画像:本人提供

海士町に帰ってきて気づいた「似ているもの」

帰ってきて、あらためて海士町を見渡したときに思いました。

「あ、似てるな」と。

島のお店に入れば、必ず誰かが声をかけてくれる。黙っていても食べられて飲めてしまう街も多いけれど、ここは違う。人と話さないと、何も始まらないんです。それを不便だと思う人もいるかもしれないけれど、私はむしろ、その一手間があるからこそ会話が生まれているんだと気づきました。ロンドンのパブで感じたことと、同じ構造が海士町にもあったんです。

わざと不便にすることで、人と人とが話す仕掛けをつくっている。そう考えたら、この島にはそういう仕掛けが、あちこちにあるじゃないかと思えてきました。

そして、もう一つ気づいたことがあります。海士町の盆踊り大会のことです。

盆踊りが教えてくれたこと

移住して1年目から、海士町盆踊り大会の実行委員に加わっています。

毎年、有志が集まって準備から片付けまで全部やる。今年で10年以上続いている祭りです。

面白いのは、記録を残さないことです。

リスト化すれば毎年スムーズに進められるはずなのに、あえてメモも写真記録も残さない。「これどうしたらいい?」と聞いたら「あの人に聞けばいい」と返ってくる。自分がいないと成立しない、みんながそう思っているから、毎年集まってきます。

最初は非効率だと思っていましたが、今は「これが正解かもしれない」と思っています。

画像:本人提供

今働いている常識商店に入った頃、私は接客マニュアルを作ることで個性や余白をなくしてしまっているかもしれないと気がつきました。全部を効率化するのは違う。余白があるから、遊びが生まれる。遊びがあるから、人が集まってくる。

盆踊りが、それを教えてくれました。

研修を終えて

研修を通して得た一番大きなものは、「言語化する力」だったと思います。海士町の暮らしの中で感じていた「なんとなくいい」を、言葉にできるようになった。それが、新入社員への伝え方にも、「島じゃ常識商店」での新しい取り組みに対しても、じわじわと活きています。

自分がなぜこんなに海士町に惹かれているのか、その理由も少しずつ言葉にできるようになりました。仕事も地域もプライベートも、ちょうどよく混ざり合ったとき、この島はすごく楽しい。私はたぶん、自分なりのバランスを見つけられたんだと思います。

それに、あの盆踊りと同じで、一人ひとりが欠けたら回らない。誰もがそう思っているから、毎年みんなが集まってくる。この島には、そういう場所や役割がたくさんあります。だからこれからもずっと、私もこの島にいたいと思っています。

中川ゆおさん-港にある常識商店にて

中川ゆお

大学在学中、全国3拠点の宿泊施設を1年かけて巡る実務型フィールドワークプログラムに参加し、Entôでの研修を通じて海士町と出会う。卒業後、新卒で海士町へ移住。移住2年目から地域の盆踊り実行委員として運営に参加。2025年9月〜2026年3月、全14回の観光マーケティング研修を受講。現在は港に位置する「島じゃ常識商店」にて新入社員育成や新しい取り組みに携わる。

取材 / 執筆:角田貴広、飯田萌希

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