――総合戦略と、観光・商工戦略策定の経緯
総合戦略は5年ごとに更新する必要があり、第三期海士町創生総合戦略は2024年に検討し、25年に公表するスケジュールでした。総合戦略における観光・商工戦略を考えるために、どのように動くべきか、最初に風と土と(人材育成・出版などを手掛ける海士町の企業)さんにご意見を伺ったところ、「海士町には観光事業者が30〜40しかいないのだから、全員に話を聞けばいいのでは?」というアドバイスをいただきました。通常こうした戦略は専門家とともに決めるプロセスが一般的ですが、そのとおりだと思い、各事業者のみなさんに困っていることや、目指す未来についてお話を伺いに行ったのが最初の一歩でした。
――「海士町第3期創生総合戦略」を一枚絵に

副町長を中心に役場全体で総合戦略を組み立てきたのですが、一般的には文字が並ぶ詳細な戦略になるところ、「とにかくわかりやすく、一枚絵で戦略を示したい」という方針を提案されました。
そこで、その絵をつくるために、各部署の職員がそれぞれ「海士町の残したい風景」というテーマで写真を持ち寄ったり、各地区をまわって住民の方々から写真を集めたりして、ワークショップを実施。それらの風景を見ながら「子どもからお年寄りまでの笑顔」「里山里海の原風景」「伝統文化祭り」という、戦略の中心となる50年後に残したい3つのテーマが決まりました。その3つのテーマに向かって、観光・商工戦略とKPIを具体化していった形です。
――次なる5年間の具体的なビジョン
観光・商工戦略の具体的な基本目標は3つに分かれていて、私は主に観光の分野を担当しました。それぞれを要約すると、ひとつが観光収益および人的資源を文化・自然へ再投資する仕組みをつくること。観光で得た収益をきちんと町に還元し、伝統文化を含めて残していきたいというものです。
2つ目が人材育成に関するもの。海士町では、とくに「人」をいかに大切にしていくかが重要です。海士町で働きたいと思って移住してきた方々には、それぞれ何かしらの目的があるはず。だからこそ、いろんな目標を持って海士町へ来た人たちがその目標を達成し、いきいきと働けるようにサポートをしたいと考えています。その先で、地域を通じてキャリアを形成したい人材が巡る拠点となることを目指して、今回のサイトや育成プログラムを実施しています。また、観光産業が定住人口などにも寄与していける流れを生み出すべく、観光を起点に島留学やふるさと納税へとつなげることで、旅から新しい関係人口をつくっていくということも目標としています。
最後は商工にかかわる項目が多いのですが、そのなかで観光にかかわる部分でいえば、年間観光消費額10億円といった数値目標を策定しました。この数値の裏側には、観光に従事する方々が本土と変わらない給与水準で働けるようにしたいという思いがあり、そこから逆算して算出した数字になります。
――海士町の観光事業の現在

はじめて海士町に来た頃、この島にはEntôのようなシンボリックな場所があり、活躍する人材も多くいて、私にできることなんてないんじゃないかと思っていました。しかし、実際に仕事をするなかで、観光で稼ぐための仕組みづくりや、それを継続していくための体制、組織間の連携など、まだ多くの課題があることが見えてきました。一方で、自分自身もスキルや人とのつながりを含め、十分な力が備わっているわけではないと感じていたため、できることをひとつずつ積み重ねてきたというのが実感です。
そして、今もなお道半ばです。海士町の観光には大きな可能性が残されています。その可能性を形にしていくためには、宿や飲食店、アクティビティ事業者、交通事業者、観光協会、隠岐汽船をはじめとする関係者が一丸となり、地域全体で滞在体験をつくり上げていく必要があります。
観光人材育成プログラムのマーケティング研修を受講した方々からは、「仲間ができた」「チームになれた」という声が多く聞かれました。海士町の観光を良くしたいという思いは以前から共有されていましたが、実際の連携は個々の事業者の努力や関係性に委ねられていた部分が大きかったと思います。研修を通じて、参加者が海士町全体の観光を見据え、戦略を共有しながら行動する土壌が生まれてきました。「個人の熱意に支えられた観光」から「チームで戦略を実行する観光」への変化が生まれ始めていることを感じています。
――役場だからこその立ち位置

戦略のたたき台や目指したい未来を投げかけるのは役場かもしれませんが、それをどう具体的な形にしていくかという点においては、事業者のみなさんとともにつくりあげていく必要があります。一方で、事業者の方々にとって一番大切なのは、何よりもご自身の事業そのものであり、「事業者のみなさんに無理に足並みをそろえてもらう」というのは、少し違うと感じていたんです。
つい最近、課内の雑談で「海士町をアニメ『ワンピース』に例えるなら、どのキャラクターなのだろう」という話があがりました。まだ答えは出ていませんが、私としては「船(インフラ)をメンテナンスし、航海を支える船大工」こそが役場の役割なのではないか、と思っています。
ここで生きるみんなが「海士町」というひとつの船に乗っていて、目指したい未来に向かっている。けれど、途中で違う島に行きたくなったり、別の船に乗りたくなったら、自由に降りてもいい。どこに向かい、どんなルートを進むのかを決める主役は、乗組員である事業者や住民のみなさんです。
役場の仕事は、みんなが荒波に負けずに進めるよう、頑丈な船を用意し、傷ついた箇所を直し、航海に必要な環境を整えること。この「主役であるみんなが主体的に航路を決め、役場はそれを足元から支える」という関係性こそが、健全で持続可能な形だと考えています。
ただし、海士町には「半官半X制度」があり、役場職員が民間で活躍することも可能になっています。誰もがプレーヤーになって、当事者意識とスピード感をもって動いていける。それが海士町役場の特徴的な武器だと思います。
――交流促進課としての具体的な取り組み
総合戦略に掲げた未来を叶えるためにも、観光協会や第三セクターと連携し、人材不足等の目の前の喫緊な課題に対処しながら、中長期的な施策を考えて実行していく必要があります。大人の島留学で島に来た人たちの留学終了後の就職支援や、複業協同組合を通じた派遣などの観光人材確保の促進にも取り組んでいます。観光が地域の役に立つためにも、消費者視点と地域視点を両立させながら、持続可能な戦略を選択していくことが、役場の大切な仕事だと考えています。
――海士町にくる若手人材が望むもの
最近の傾向では、都会の仕事では見えにくくなりがちな「自分の仕事が誰の役に立っているのか」という手応えや顔の見える関係性、そして分業化された巨大企業では得にくい地域との包括的な関わりを求めています。限りある人生の中で、「自分のスキルは本当に役に立っているのか」「人としてよく生きられているか」を確かめながら、自ら見つけた地域の魅力的な資源を活かし、自分らしく生きたいと考えている方が多いですね。
――海士町だからこそできること
事業者の皆さんにはご迷惑をおかけしていることも多々あると思いますが、移住者という中立性をもって動ける部分や、「わからない」と声を上げられる場面もあると感じています。
でも、そうやって誰かが声を上げることで、同じ課題を共有できたり、新しいコミュニケーションのきっかけになったりする。それに、この町で熱量を持ってしっかり仕事をしていけば、「やってみなきゃわからんだわい」「まずはやってみっだわい」と、挑戦を面白がって応援してくれる人がたくさんいます。
挑戦と失敗の経験値が高い海士町だからこそ、こうした温かい空気感に支えられながら、新しい連携もつくっていきやすいのではないかと思います。
